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突然炎のごとく

先日、自殺をする瞬間をぐうぜんに見てしまったのですよ。
犬のさんぽで線路沿いを歩いていたら
数十メートルむこうの踏み切りで待っている若い男性がいて
ああ まだ踏み切り開かないなー
なんて見ていたら、
そのひとが踏み切りの遮断機をひょいとあげて、入っていって
待ちきれずに行ったのかなと思ったら、すぐに電車が来て
その電車が通り過ぎたあとには、誰もいなかった、、、

あまりにも突然のことだったので、何が起きたのか一瞬わからなかったし
自分が見た人影は幻だったのかなと思ったんだけど
その電車は止まってしまって、
ああ・・・・・と事態を理解しました。
さすがに線路の状態を見る勇気はなかった。。

さっきまで居たひとが、突然居なくなる。
しかもそれは、ものすごくあっけなくって
それからずっと、どこかでショックな気持ちを引きずっています。
自分が見たのが、彼がこの世にいた最後の姿で
本当にそれが自分で良かったのだろうか、と。

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SNSで、すぐに死にたいってつぶやく人を何人か知っていて
どこまで本気なのかはよく分からないけれども
自分自身はそういう気持ちになったことがないので、その人の気持ちがよくわからない。
だいたいその人たちの前後のつぶやきを見ると
もっと良い生活をしたい、的な、生への執着がちゃんとあるので
まぁそういう口癖の人なんだろうな 程度に捉えている。
別に面識ある人たちじゃないし。

なんだろう、死というものは、そんなに綺麗なものじゃないと思う。
そのひとが居なくなったって、世界は何も変わらず流れてゆくし
そのひとが生きて残した綺麗じゃないものは、一緒には消えてくれないし
何より残された肉体は、直視が憚られるようなもので。
ただ自分という意識が何にもなれずに消えてゆくだけ。
人間ですらなく、モノとなって、それは粛々と処理されてゆくだけ。
もう悩んだり、悲しむことすらできない。
死にたいとまで思って守ってきた自分自身が無くなるなんて、本末転倒だと思う。

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知っている人の訃報をきいたり、自分の家族が病気になったり
ということが、年をとるにつれて
当たり前だけど、どんどん増えてきて
それにつれて、自分自身もいつか死ぬんだろうなあ ということを
事実として実感してくるようになってきた。
今の自分の生活は、その為の準備期間なのかもしれない と
どこかで思っている部分があって
だから、昔の音源を整理したり、持ち物をどんどん処分していったりしているのかな。
自分の人生があと何年残っているのかは、分からないけれども。

きっと皆が思うんだろうけれども
身の回りのものを、何も心配がないように整えたのちに
すうっと眠るように終われるような薬を飲んで静かに終わりたいな と思う。
でも、誰かに見守られたくはないな。
誰かをのこして死んでゆくのは嫌だなと思う。
ひとりで勝手に、できることなら誰にも気づかれずに死にたいし
自分が死んだら、なんにも残さずに
自動的に物体としても消えてなくなってしまいたい。
まぁ 知らないひとたちに粛々と処理されてゆくのでもいいかな。。

犬がうちに来てから、
可愛くて可愛くてそれはそれは幸せなんだけど
ときどき、この子は自分よりも早くいなくなってしまうんだろうと思い
その時をひとりで勝手にシミュレイションしては、しくしく泣いています。
でも犬はそんなことを考えたりはしない。
できれば、そんなことを考えたりはしないで、ただ楽しく生活してゆきたかった。

実は自分は、あまり生まれ変わりを信じていないので、
全く、死というものに希望を感じない。
天国地獄という概念も、実はたいして信じていない。
仕方なく、その時が来たら、それを受け入れるしかないんだろうなと思う。
今はまだ、その域には達せていないので
おそらく後悔だらけになっちゃうんだろうなと思う。
いや・・・案外、ま、いいか、なんて思うのかもしれない。
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by wankorosan | 2017-10-12 14:30 | ヒトリゴト
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