カテゴリ:日常な感じ( 118 )

6年前

6年前、わたしは東京で初めての冬を越して
そのときに勤めていた会社でいつもの仕事をしてしていました。
突然の地震が起きて、とっさに皆でデスクの下に隠れたけれど
なかなか揺れがおさまらずに、棚にあったファイルが全部落ちてきて
非常ベルが鳴り、なぜか天井の点検口のフタが開き
みんなものすごくおびえていました。
わたしは、なぜかさほど動揺したような気持ちにはならず
皆で12階のビルを出て近所の公園に避難をしたときにも
なんだかフワフワと夢をみているような気がしていました。

思えば、東京へ来て半年ぐらい
ぜんぜん地に足が着いていないようなふわふわとした毎日を過ごしていたので
その延長な気持ちでぼんやりとしていた覚えがあります。

揺れが落ち着いてまた会社に戻り、会議室のテレビをつけると
津波が港町を呑み込む映像が映し出されていて
これは大変なことになった、、、と
みんなで慌てて、各々の家族へ電話して安否を確認したりして
その日は早退になりました。

電車が全滅だったので、会社のあった八丁堀から四谷三丁目まで徒歩で帰ったのですが
同じく徒歩で帰宅するひとたちの流れが大通りには出来ていて
皇居や国会議事堂周辺も大勢のひとたちが新宿方面へ
パレードみたいにゆるやかに流れていて
その日はさほど寒くもなかったので、気温とその光景が夢みたいに感じました。
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当日は、みんなまだ事の重大さに気づいていないというか
歩いている人たちも、あまりの非現実感に呆然と夢のような感じだったみたいで
あまり危機感が感じられるわけでもなく。
軽口を言いあいながら歩いている人が多かった。
なんだかみんな冷静だったなあ。
道をグーグルマップで確認したかったけど、電波は切られた状態で
でもなぜか国会議事堂周辺はつながってたのをすごく覚えてます。
やっぱりここ日本の中心なんだな と変に納得してた。
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四谷まで戻って、パンダ氏と合流できてから
唯一営業していた(商魂たくましい・・)近所の中国人のやっているお店で夕食を食べたのですが
他のお客さんたちも、家に帰れないからまぁ焦っても仕方ないか
という雰囲気でビールを飲んでいたりして
深刻な空気は無かったように感じました。

その後、津波の映像が何度も流されて
原発の事故が発覚して
物流が止まって、コンビニにも明らかに品物が無くなり
テレビも一日中震災のニュースしか流さなくなり
それにつれて日に日に
身近な人たちが皆、どんどんと鬱に近くなっていってしまって

自分自身は東京に全く足が着いていなかったので
このまま東京がどうなっても、なるようにしかならない
街に対しては思っていたところがあるのですが
周りの人たちが過敏になって、落ち込んでゆくのを見ているのは
なんだかすごくつらかった。

しかしながら、会社の人たちはというと
そんなセンシティブにもナイーブにもなっていなくて
ただ淡々と何時もどおり、ちょっと不便あるよねー ぐらいの感じでいたので
この温度差を不思議に感じると同時に
会社に勤めていたから、自分は感情に流されることもなく普通に過ごせたのかな
とも、今になって思います。
この温度差が、パブリックな顔とSNSでの心情吐露との違いなのか
会社にいる人たちと音楽に携わっているような人たちの人種の違いなのか
それは定かではないのですが。

6年経って、結局、家が壊れたわけでも家族や仕事を失ったわけでもなかった人たちは
今は何事もなかったかのように暮らしていて
わたし自身も、東京を離れてウソのように明るい場所で生活しているのですが
時折、あの時期の空気を、なんだかついこないだの事のように思い出します。
そして
あれは一体なんだったんだろうか、と。。
日常生活というものは、こうもあっけなく崩れてなくなってゆくもので
景色もまた同じで。
世の中の空気、雰囲気も一瞬でこうも変わるのか
足元をすくわれたような気分になりました。
なんだか自分の人生すらも誰かの長い夢の中の出来事なんじゃないか
なんて本気で思えてきました。

わたしはたまたま東京に越していったから、あの空気を体験できたし
あのまま関西に住んでいたままなら、あんな経験はできなかったし
感じ方も捉え方もまったく違っていたと思います。
その意味をときどき考えるのですが
やっぱり今でも、わからないままです。
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by wankorosan | 2017-03-11 14:46 | 日常な感じ

我が家にワンコがやってきた

3月。
ご無沙汰の記事になってしまいました。
実は先月の5日に、我が家に犬がやってきまして
その相手でパソコンに向かうことも出来なくて。。。
やっと落ち着いてきたので、
1日に2時間ぐらいはこうやってひとりの部屋ですごせるようになりました。

といっても、まだまだ留守番は出来ないので
誰かが一緒に部屋に居ないと落ち着かなくなってしまうのですが。
過保護にしすぎている感じもしますが、おいおいはお留守番もできる様になって欲しいものです。

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徳之島という鹿児島県の離島の保健所で保護された犬なのですが
それを大阪の保護団体が引き取って里親募集されていたのを譲り受けました。
正確な年齢はわかりませんが、2歳弱ぐらいじゃないかとのことです。
ずっと里親で犬を引き取ろうと思っていて、サイトをチェックしていたのですが
写真をみて、この子は可愛いなあと保護団体さんのところへ顔だけ見に行ったら
いつの間にかトライアルとして引き取ることになっていて
その1週間後には、去勢手術を受けてうちへやってきていました。

いつか、いつか、と思っていたのに
いざ事が進むときは本当に一気に来るんですね。
どうしようと思っているうちに、家にやってきてしまって
すっかり家の子になりました。
名前は、パンダ氏がずっとつけたかった「セバスチャン」なのですが
呼びづらいので通称は「バズ」と呼んでいます。
そろそろ自分の名前を覚えて、呼んだら振り向いたりこっちへ来たりするようになりました。

ある程度の覚悟はしていましたが犬が来ると生活は一変してしまいます。
元々、割と規則正しい生活ではありましたが
さらに早寝早起きになって、10時半に寝て7時半には起きるというサイクルへ切り替え
朝晩に1時間ずつのお散歩
そして、これは少し予想外だったのですが
この子は特に甘えん坊なので、ずっと傍についていてあげないといけない。
旅行へは行けなくなるんだろうなあと思っていたのですが
今のところ、自転車での買い物へも行けてません。。

大人しくて、殆ど吠えないし人やモノに全く攻撃もしないし
自分のおもちゃや食べ物等の噛んで良いものとそれ以外の区別もついていて
いたずらもしないし、人が食事をしているときはじっと待っているし
お手もするし(最初から出来てました)
本当に手のかからない、いいこなのですが・・・
甘えん坊度合いがすごいです。

おそらく島で捨てられたか主人に先立たれたかして
更に大阪へ来てからも家を転々としてきたので
まだまだ人に甘え足りないのと、また捨てられるという気持ちもあるのかな・・
なんて考えると、思い切り甘くしてあげなくちゃと思ってしまいます。

犬を手に入れると、犬を飼う前の生活は手放さなければいけない
という現実。。
でも、可愛くて可愛くてうれしいし
このこのおかげで、家のまわりの知らない道を沢山開拓できたし
まだまだこれから楽しいことがたくさんあるような気がします。
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今はわんこと、生活のあれこれを軌道にのせるので精一杯なのですが
落ち着いたらまた曲やアルバムも・・・
新しいことをルーティンに落とし込むのって大変だけど
いろいろと省みる機会でもあるし
まぁ こういう一休みの時期って大事ですから。。
by wankorosan | 2016-03-01 12:37 | 日常な感じ

23年の時をこえて

旅行用に愛用していたバッグのファスナーが片方壊れてしまい、
騙しだましずっと使用してましたが、引越しの移動でついに両方壊れてしまいました。
引越ししてからもう3ヶ月、いちばんの遠出は京都で、関西を出ることもなく
旅行かばんの事は気にしつつも先送りにしていたのですが
来月、鳥取へ行くことになり、冬には九州旅行の予定も。。
とうとうかばん問題と向き合う時が来ました。

ファスナーを直せばまだ使えるのですが、いろいろ検索していたら結構修理料金が高くて
中古でも良いものがあれば思い切って買い換えてしまおうか・・・

何気なくインターネットオークションを眺めていたら、修理料金と同じくらいで
なかなか立派なものが買えてしまう。
ああいうオークション市場は、ブランド価値があるもの以外は二束三文なものが多くて
個人の思い入れや主観的な価値なんて万人の価値にはならないんやなあと
いつも思いながら見ています。

で、落札したボストンバッグが
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右のものなのですが
もともと持っていた左のものと同じメーカーの形ちがいでした。
ネットで写真をみたときに、ちょっと柄や雰囲気が似ているなあとは思ったのですが
元々ノーブランドで製造メーカーはオークションページに明記されてなかったので
よくある感じの柄だしあまり気にしていませんでした。

届いて、カバンの中のタグをみたら・・・
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やっぱり同じメーカーでした(*´ェ`*)
巡りあわせとはこういうものなのか。

左のバッグは、自分が高校生の頃に修学旅行用に購入したもの。
とても頑丈なのでまだまだ使えるのですが、ちょっとバッグ自体が重くて・・・
形も四角くて納めやすいので、現在はお部屋の収納用品として活用しています。

しかし、高校生が買うにはちょっと渋い感じの型のカバンやなあ と
今じぶんで振り返ってちょっと面白く思います。
当時、周りの子たちはやっぱりもっとカジュアルなボストンバッグを持っていて
こんなクラシックなカバンを持っていた自分はちょっと浮いていたのですが
それでもそんな自分がまんざらでもなかったw

小中高とオリーブ一筋だったので、やっぱりリセエンヌ(!)に憧れていたし
ヨーロッパに憧れていたし、旅に憧れていたし
ああいうクラシックな形のスーツケースにとにかく憧れていたのですね。

昔はどんな子だったのか?と友達に訊かれて
「うーん、今とあまり変わらない・・・かな」と、もぞもぞと答えることが多いのですが
約25年も経って結局同じテイストのかばんを選んだり
やっぱりあまり変わっていないような気がします。
やってることも大して変わらないような。。

先日、雪舟えまさんの「プラトニック・プラネッツ」を読んで
その世界観にとてもわくわくしてしまって
読後もしばらく登場人物のことを考えてしまったりして
何だかこういう感覚、すごく久しぶりだなあ・・・と思い返していたら
実家にいた間、親が少女マンガ好きだったので
暇があれば少女マンガを読んでいて
そのときの感じにすごく似ているなこれは、と気づきました。

そして
高校生ぐらいの頃の自分は、休日に友達と出かけまわったりした覚えもあまりないし
学校のお友達は、学校でしか会わなくって、プライベート?では一人で行動していたし
部活はやっていたけど(ブラスバンド)部活が無い時には何をしていたんだろうか

ここ何年もずっと思い出せなかったのですが
すっぽりと抜けていた記憶をふと思い出しました。

家にいて、ラジオを聴いたりマンガを読んだり雑誌を読んだり映画をみたり、ひたすら音楽を聴いていた
・・・

今と何が違うのかw
ネットがあれば、間違いなくネットばかり見ていたしブログを書いていたと思います。
当時の自分には1枚のCDがものすごく高価なものだったので
ヘアカット100とかバッドフィンガーとか、ストーンローゼスとか
脈絡もなくラジオで聞きかじって自分がこれと思ったものを買って
ひたすら何度も聴いていた覚えがあります。
もっとオーソドックスなロックも聴いててクリームとかレッドツェッペリンとかも聴いてたなあ。。
曲もつくろうと思ったけど、作り方がわからなくて出来なかった。
なので、スケッチブックにイラストと詩を両方書いたものを作ってた気がします。
(銀色夏生さんの影響ですか)
通ってた高校には軽音楽部がなかったので、大学生になったら絶対にバンドをやろうと思ってた。

何がどうなって高校生の自分がこうなったのかは、よくわかりませんが
まぁ・・・根本的な人格形成ってこの時期にはもう出来上がってしまうんでしょうね。
人によっては、大学生や社会人のタイミングで全く変わってしまうのでしょうが
自分の場合は、気持ち悪いぐらい変わっていない。
職場で、昔ギャルだったという子が今は清楚な雰囲気になっていて
ギャル時代を「黒歴史」と呼んでいましたが
そういった意味での「黒歴史」は自分には無いと思います、たぶん。。

将来何になりたい?という質問が
昔からすごく嫌いで
学校の先生の前で「学校の先生にはなりたくないです」と言う程度には嫌いでw
それはたぶん・・・なりたい職業がなくって、働きたくなかったのでしょうねw
会社に執着が無い、仕事はただお金を貰う為のツールである、
という気持ちしか無い現在のこころもちと何も変わっていない。

根っこは変わらないなあ ということを
自分に甘いわたしは微笑ましく思うのですが
しかし
大人になって、もやもやしていたものを形にする方法が少しずつ分かったり
お金を貰う為のスキルが人並みについたり
そして、自分が良いと思う音楽を作るひとが身近に沢山いたりして
当時よりも大分幸せな状態になっていると思います。
そこは大丈夫、と高校生の自分へ伝えてあげたいw

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話は全く変わりますが
昨日、須磨海岸でスティールパンフェスティバルというものが行われてましていました。
スクールの生徒さんの発表会、みたいな感じだったのですが
そこでビーチボーイズのココモを演奏していて
秋の初めの海辺の陽射しと、スティールパンの音色のきらきらがシンクロして
そこにあの天国のようなメロディが乗って・・・・
のんびりとした休日のお昼に生ビールをくいっと飲みながら聴いていたら
何だかぐっと、たまらない気持ちになりました。
やばかった。

前にも何度か書いているのですが
わたしは色々考えながら聴いてしまうクセがあって
滅多にライブをみて感動、というか、気持ちが高ぶるようなことが無いのですが
まさかこんなところで、しかもスクールの生徒さんの発表会で高揚が訪れるとは。。
不意打ち。

さいきん、日々の暮らしの中できらきらした瞬間がたくさんありすぎて
ありがとう と言うしかありません。
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by wankorosan | 2015-09-21 13:11 | 日常な感じ

ハローアゲイン

今月から、神戸の海辺の街に住んでおります。
引越し前の数ヶ月、怒涛のように仕事やら何やらと忙しくしていたのに
急にぽっかりと穴があいて、まだどうしようという感じです。

窓の外では船やヨットがゆるやかに走っていて
別の窓からは公園がみえたり、山がみえたり。
何時間でもぼんやりと出来る環境です。
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すぐ戻れると思いきや、約5年も東京に住むことになり
しかも大阪へ戻ることは無い・・・
とは
大阪を旅立つ時の自分にはまさか思いもつかなかった状況ですが
なんとなく、ここへはたどり着くべくしてたどり着いたような気もします。

なぜか昔から繰り返しみる夢のうちのひとつに
海のすぐそばに住むというシチュエイションがあって
(夢の中の風景は、窓の外がすぐ波打ち際とかいう極端なものでしたがw)
大阪で家を買い、この先の人生は一生ここに住むだろうと思っていた頃も
なぜか時折それは出てきていました。
予知夢というほどの大袈裟なものではないけれど、どこかにそうなればいい
という願望もあったのかもしれないです。
大阪からいきなりここに来ることは無かったので、東京の暮らしを経たのも
ここへ来るための布石だったのかもしれないとも思います。
東京へ行ってから出会った人たちとは、たぶんこれからも何かしら出会うことがあるような
気がしています。

それにしても
引越しをする前は、引っ越せばさぞかし時間もたっぷりあって
毎日練習もして、ブログも更新して、何でも出来る・・・
なんて思っていたのに、
まだペースが掴めないというのもあるけれど、思ってたほどの事が出来ておりません。
まぁ 焦らずに少しずつ、、

どうぶつの森の、引っ越した当初の何も無く勝手もわからず不安な状態
というような感じです。
5年前、東京へ越したときにも同じ状態で、でもだんだんと必要なアイテムが揃っていって
新しい経験が足元を固めていってくれて
そしていつしか、日常はくりかえしとなる。
あのゲーム、ホントよう出来ているよね。。
by wankorosan | 2015-06-20 14:36 | 日常な感じ

この目にみえるもの全て

あらためまして、明けましておめでとうございます。
て時期でもないのか・・・

今日は今年初めてスタジオへ入って個人練習してきました。
今年初めてというか、グッケンハイムのライブ以来久々にギターを触りました。
あの後、仕事が忙しくて冬休みに入った途端ずっと風邪だったので。。。
久々にギターを触って歌ってみたら、やっと年が明けた感じです。
思ってたよりも下手になってなかったのでホッとしてます。
そろそろ身についてきた気がします。
煮物みたいに、時間を置いて一旦冷やすと味が染みる感じありますよね。

今年の抱負など。
今年は、たぶん自分の人生における大きな転機になるはずだと思っております。
たぶん、たぶんですが・・・
なので自分であれをしようこれをしようと思わずとも、世界は変わってゆくだろうし
そんな中でどうすれば良いのだろうか
とおもうのですが
まぁ 今まで流れに任せて何となくここまで来たので
今更どうもならないのかな。


毎年、抱負に掲げている早寝早起きですが
昨年から職場がお台場になってしまい
通勤に小一時間かかってしまうので、否応なく早寝早起きは全うしております。
とりあえず、今年は体調管理だけは気を付けようかな。

音楽活動に関してですが
昨年はちょっと駆け足しすぎたので、(それが去年のペースだったのです)
今年はもうちょっとゆっくりとインプット気味に
いや、たぶんインプットもあまりしないで内省的になるのかなと。
人と会うペースも少なくなるかもしれません。
元々たいして人と会わないですがw
ライブに行かないからって縁が切れるような人とは、それまでの事なのかな
とも思っています。
出会うべき人とは、何をしてても出会えるとおもう。

グッケンのライブの後の日記にも書いたのですが
今まで自分で作ってきたものが、最近自分に語りかけてくるのですよ。
なので、それと対話して、今あるものを膨らまそうかなとも思います。
・・・と 言いながら、新曲をアップロードするかもしれませんが。
まぁ・・・あまり どうしよう、とは思ってません。
良い曲をつくりたいし、出来たら発表します。

うーん 抱負になっていない。。。
日々の出来事を出来る限り流さずに焼き付けてゆきたいです。
これが一番の抱負かな。
来年の今頃、どこでどうしているのか楽しみにしておきます。
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by wankorosan | 2015-01-12 00:45 | 日常な感じ

帰りみち

最近、雨が急に降ったり強い風が吹いたりが多くて
花がたくさん散りますね
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綺麗な色そのままに、ぽとりと散っている花のような曲を作りたいな 
となんとなく思っています、そんな今日このごろ。
by wankorosan | 2014-05-24 01:16 | 日常な感じ

勝ちえたもの

さいきん、日々を驚くほどに濃密に生きております
とある試験を、もうすぐ受験するのですが
その勉強をしながら、1ヶ月後になった2度目のライブの練習をしながら
録音のことを考えたり、あれやりたいこれやりたいと曲のことを考えたり・・・
を、9時17時・週5で仕事にでながら、晩ご飯の買い出しをしたり作ったりしながら。

ま たまたまタイミングが重なってしまったので仕方ない。
自分で重ねちゃったというのもあるけども
何でか、いまやらないといけないような気がすごくしています。
ちょっと余裕がでてきたのでしょうか、この暮らしにやっと慣れて・・・
努力が嫌いな子供が少しは成長しているのかもしれんですね。


最初にことわっておきますが、以下の話は具体的に誰かのこととかではないです。

なんとなく、今日思いついたことのメモ。
他人を頼って利用して簡単に手に入れたもの、交友関係、そういうのはいずれ無くなってしまう
自分で積み重ねていったものは無くならないとおもう
勝ちえたものは、誰もいなくなっても手元に残る

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はなし変わりますが
追い詰められると、他のことをしたくなってしまうのがひとの常で。。。
新曲つくりたいと思ったり
(新曲のことを考えてる時間がいちばん幸せなのですよ)
そして今日は、前々からぼんやりと思ってたとある曲の日本語カバーをやってみたいなと
その原曲の歌詞を検索してみたりしてました。
原語の響きで綺麗なぁと思ってたけど、訳を読んでたら中身も綺麗。
つらつらと、これを踏まえて新しい歌詞をつけたいなあ なんて考えてました
うん、現実逃避w

いずれ、余裕が出来たらやってみようとおもいます。
他にもいくつかやってみたいこと、あるのですが
まだまだ数年越しとかで考えてることなどもあり、なかなか・・・

とりあえず、無事に試験を終えて2枚目に取り掛かりたいものです。
中身、曲順、ジャケ、タイトルまでほぼ決まっているのに
まだ1音も録っていないというw

次作は、完全宅録ではなくて、ゲストミュージシャンを迎える予定です。

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by wankorosan | 2014-03-27 23:56 | 日常な感じ

いっつもなにかを

いっつも、なにかを、わすれちゃうのよ


こないだ荻窪の温泉・岩盤浴に行ったとき
となりで着替えをしていた小さい女の子が節をつけて、
ずっとずっと歌ってました。
わすれないないように、ずっとずっと。
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by wankorosan | 2014-03-18 21:43 | 日常な感じ

街の記憶

たとえば、
初めて降りた駅からしばらく歩いたとき
あまりにもありふれた景色に、内心がっかりしながらも
そこを歩く人たちの暮らしに思いを馳せてみたり。
この景色は自分にとっては、割とどうでも良いぐらいに平凡だけど
ここで暮らしてきた人たちの想いが沢山染み付いていて
あの路地にあの思い出が
あの看板にあの記憶が
満ち満ちているんだけれども
全ての景色は、ただそこにあるだけで
意味というのは、思い込みという言葉にそのまま置き換えてしまっても
構いはしないんじゃないかな

街だけでなくて、建物の中でも、誰かの家でも。
そこでずっと過ごしてきた人たちの記憶は、その人だけのもので
ふらっと入った自分には、あの路地とその路地の見分けもつかない。
わたしは、ここにいるのに、いない。
そしてわたしの思いや記憶は、ここではないどこかに
置いている。

街は、巨大な水槽であって
中身は流動的で流れ続けている。
街は、悲しんだり喜んだりもしない。
けれども、わたしたちは
ここはわたしの街と、口にしてしまう。
口にすればそれは嘘になる。


というような曲を今作っております。
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※追記
できあがりました。
出来上がってみると、風景は風景のままである というつもりで作り始めたのに
なんだか逆説的な感じになってしまいました。
ノスタルジー。
次のアルバムに、収録いたします。
by wankorosan | 2014-03-07 19:15 | 日常な感じ

日々のしるし

今日は、半年ぶりぐらいに自分の日記帳を更新いたしました。
ブログでもツイッターでもない、
ごく個人的な紙の日記帳というのがあるんだけど
特にそれは主観が入ってなくて、
その日の出来事を数行綴る、というものです。

日々というものは、何にも書き留めなければ、
そのまま流れて消えてしまう
ような気が、ここ数年本当にしていて。
2年ぐらい前に思い立ってノートを買って始めました。
すごく簡単な事なんだけど、なぜかこれが全然続かなくて・・・
一度滞ると、数ヶ月は平気で空いてしまう。
誰にみせるでもないものだからなのか、紙に字を書くのがハードル高いのか。。

最後に書いたのが去年の8月で、
そこから約半年を点々と繋ぐのに結構時間かかってしまった。。
ちょうど、森田さんから廃藩置県のライブにお誘い頂いて
よしソロで演奏してみようか!と思い立った頃にぱったりと書かなくなってるw
よっぽど余裕無かったんだなぁ。。

昨日の分からはじめて、
自分のツイッターをみたりブログをみたりスケジュールなど
自分が書き散らしてきたものをみながら
ほんの一行、二行と
その日にあった事ややった事を、8月まで遡って書き綴っていたんだけど
何だかこうやって振り返ってみると、
ちょっと駆け足しすぎてるのかな。。なんて思ってしまった。
わたしがバンドをはじめてから、もう20年ぐらい。
客観的に数を数えれば、この約半年で数年分ぐらいの曲を作り、録音し、悩み、、、
それでも日々の自分は、
もっともっとスピードあってもいいんじゃないか
もっと早く歌やギターが上手くならないのか?
なんて思ったりすることもあって
ちょっと振り返ってみてペースに気付けて良かったかな と思いました。
よくよく考えたら、まだ始めてから1年も経ってなくて、
それは自分の歴史のほんの少しの時間でしかない。。

周りに沢山すごい人がいすぎて、
刺激を受けるとついつい焦ってしまうのかな。。
やっぱり流れるままに流していたら、見失うものが沢山ある気がする。
ま、曲は作れるから作ってるし、作りたいから作ってる
というのはあるので
ハイペースなのが今のマイペースだからいいんだけど
成長を焦るのは良くないな なんて感じました。
1日のうちで日記に綴れるような事をしてる時間なんてほんの少しで
あとの時間は仕事をしたり、日常の事をしたりしているので
体感的には何もしてないような気がするけれども
数ヶ月、そして数年という括りでみたら決してそうでもないんだよなぁ。。

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ブログは日記じゃないのか? というと
日記なようで日記でないような気がします。
日記という形をした一方的な発信と、自分では捉えています。
そしてツイッターというのも、また微妙に日記ではない。
SNSの中では、自分はあれが一番距離感が丁度よくて合うと思ってるんだけど
(LINEは自分の性格的に変な負担がかかってしまってムリやし、
 フェイスブックは本名登録とイイネ的なのが今の自分にはハードル高い)
あれって半分強制的に他人のログが流されてくるもので。。。
だから多少は気をつかってあんまり沢山流さないようにしています。
(それでアレ?という感想は自分でもあるw)
しかしまぁおそらく、
アレが一番直感的で正直な言葉を書き散らしているので
心の動きみたいのは記録されてるんだろうな とは思う。
だからこそ、読み返したりはしないけど、、、

紙の日記、以前はオフラインの本当の日記というのも書いていたんだけど
やっぱり続かなくって
どちらかというと、
自分は文章を綴らないと物事を組み立て考えられないタイプなので
そのために書くだけ というのがすごくあって
オンラインでブログなどを書くようになってから、そこまではやらなくなってしまいました。
そう考えると、やっぱりブログは日記なんだろうか。。

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ところで
前に、ある人が音楽活動を休止する みたいな話しを耳にして
そういえば自分は、
そんな事を考えたことも無かったな と思った事があって。
やめるとかやめないとか、そういう次元ではない。
別に自分のやっていることに意味を持たせたいとかいう訳ではなくて、
日々の中で日記のように、曲を作って録ってゆければいいと
と その時にかんがえてました。

今年の最初のブログだったかで、
自分の人生の最後に作った曲たちを思い出しながら、、、
なんて事を書きましたが、
そんな気持ちで日々の爪痕として録音しているのかもしれない。
前に録ったやつを後になって聴くと
あの時あんな空気だったね
というのが、割と生々しくよみがえるような気がします。
中身はそんなパーソナルなものなのだけれど
でも、音楽というオブラートに包むことで
多少の共感は得られるのかもなと。

1人で作って発信し続けて、まだ半年も経たないけれど
バンドをやる事とこんなに違うとは思いませんでした。
誰かと一緒に作った音楽については
今まで共感なんてこと、考えた事もなくて
でも今は
全てが自分の手の中にあるという感覚と同時に
自分自身も、自分の手の中にあって
結局は決して外から自分を見られないもんよな、、、と。

まぁ実際はあんまり何も考えずに
衝動のままに作り続けてるんだけどw
何と無く、過去を振り返った機会に
こんなことを考えました。
by wankorosan | 2014-01-27 00:06 | 日常な感じ