<   2014年 03月 ( 8 )   > この月の画像一覧

勝ちえたもの

さいきん、日々を驚くほどに濃密に生きております
とある試験を、もうすぐ受験するのですが
その勉強をしながら、1ヶ月後になった2度目のライブの練習をしながら
録音のことを考えたり、あれやりたいこれやりたいと曲のことを考えたり・・・
を、9時17時・週5で仕事にでながら、晩ご飯の買い出しをしたり作ったりしながら。

ま たまたまタイミングが重なってしまったので仕方ない。
自分で重ねちゃったというのもあるけども
何でか、いまやらないといけないような気がすごくしています。
ちょっと余裕がでてきたのでしょうか、この暮らしにやっと慣れて・・・
努力が嫌いな子供が少しは成長しているのかもしれんですね。


最初にことわっておきますが、以下の話は具体的に誰かのこととかではないです。

なんとなく、今日思いついたことのメモ。
他人を頼って利用して簡単に手に入れたもの、交友関係、そういうのはいずれ無くなってしまう
自分で積み重ねていったものは無くならないとおもう
勝ちえたものは、誰もいなくなっても手元に残る

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

はなし変わりますが
追い詰められると、他のことをしたくなってしまうのがひとの常で。。。
新曲つくりたいと思ったり
(新曲のことを考えてる時間がいちばん幸せなのですよ)
そして今日は、前々からぼんやりと思ってたとある曲の日本語カバーをやってみたいなと
その原曲の歌詞を検索してみたりしてました。
原語の響きで綺麗なぁと思ってたけど、訳を読んでたら中身も綺麗。
つらつらと、これを踏まえて新しい歌詞をつけたいなあ なんて考えてました
うん、現実逃避w

いずれ、余裕が出来たらやってみようとおもいます。
他にもいくつかやってみたいこと、あるのですが
まだまだ数年越しとかで考えてることなどもあり、なかなか・・・

とりあえず、無事に試験を終えて2枚目に取り掛かりたいものです。
中身、曲順、ジャケ、タイトルまでほぼ決まっているのに
まだ1音も録っていないというw

次作は、完全宅録ではなくて、ゲストミュージシャンを迎える予定です。

f0154000_23544568.jpg

by wankorosan | 2014-03-27 23:56 | 日常な感じ

七針

東京は中央区、八丁堀に
七針というライブスペースがあります。

ライブハウスというには、こじんまりというかアットホームだし
でもギャラリーというには、音響設備が充実している。
白い壁の、真っ白な空間です。

そこは、入口のドアをあけて階段を降りると客席なんだけど
階段の途中に座ってみるとちょうどステージ全部を見渡せるようになってます。

そして、階段を降りた客席からちょっと見上げると
階段の部分だけ天井が高くなってて光が届かない。

わたしは、そこの高くなっている部分の
照明があたらなくって影になっている部分を
色んなひとの演奏を聴きながら眺めるのが好きです。
演奏中は照明が暗いから
その影の部分の先がみえなくってどこまでも続くんじゃないか と
一瞬信じてしまうような感じ。

白い空間の、黒い部分です。
by wankorosan | 2014-03-23 19:16 | 音楽とか

いっつもなにかを

いっつも、なにかを、わすれちゃうのよ


こないだ荻窪の温泉・岩盤浴に行ったとき
となりで着替えをしていた小さい女の子が節をつけて、
ずっとずっと歌ってました。
わすれないないように、ずっとずっと。
f0154000_21373622.jpg

by wankorosan | 2014-03-18 21:43 | 日常な感じ

ピアノのお稽古

小学校の1年生から中学校の2年生ぐらいまで、
ずっとピアノを習っておりました。

別にやりたいと言って始めた覚えもなくって
たぶん、5つ上の姉が習いたいと始めたのをみて
自分もやりたいみたいに言い出したんだと思う。
ピアノに限らず、小学校の頃は習い事というのを沢山やっていて
ピアノ、そろばん、お習字、スイミングスクール・・・
どれもこれも、そのものがやりたかったんじゃなくって
周りの誰かがやっていてその流れで何となくやっていたんだと思う。

思えば
自分が能動的に、あれやりたいこれやりたいって
何かを始めることはあんまりなくって
いつも周りの誰かがきっかけを与えつづけてくれて(妹気質?)
だけど、始めてしまったことは、
いつまででも辞めると言い出せずに、延々と続けてしまう・・・
習い事もほとんどが、嫌々なのに小学校時代ずっと続けていました。
しかし嫌々なので練習もせずに大して上達もしない。

ピアノに関しても、全くそうで
一緒に習っていた友達や姉はけっこうモチベーション高くって
練習をちゃんとやってきたりとか、将来はピアノの先生になりたいと言い出したりとか
そんなのを聞いて
ああすごいなあ、偉いなあ って他人ごとみたいに思っておりました。
子供が未来に向かって瞳を輝かせる 的な表現って
大人からみた子供がそうあって欲しいっていう願望に過ぎないんじゃないのかな
と(今日のわんこの犬みたいなもん)思う。
自分が子供の頃は、特に夢とか目標とか無かったし
目先の欲望のことを考えるだけで日々が終わっていった気がする。
(いや 志高い子供も沢山いるんだろうけど・・)

とにかく
練習というもの、努力するということが嫌いだったので
一切練習をせず、重い足取りでピアノ教室へゆき
初見で楽譜をみて、課題になっていたページを弾き
先生が「ちゃんと練習してきた?」と聞くと
「はい・・・」と答えてて
でもそれは、バレバレのウソだったのでw
いつも怒られていて。。
あんまり楽しいものでは無かった。
結果、初見はちょっとうまくなったけど、ピアノはやってる年数に対しては全然上手くならなかった。

今でも、時々ピアノのお稽古に行く夢をみてしまって
今日こそ辞めるって言い出すぞと思いながら
ピアノ教室へ歩いていると全然違う道を歩いていて、
迷って気づくともうレッスン開始の時間がとっくに過ぎていて
もう遅刻なのか、
もう今日は行かないでもいいのかな、
でも怒られる・・・

何かに急かされるような、やらなければいけない事をやらないでいる
とてつもない罪悪感でいっぱいの、悪夢です。
あれからもう30年ちかく経っているのにまだ出てくる。
強烈なモチーフです。
実際には、お稽古をサボったりとかはしたことないんだけど。。

結局、高校受験という良い口実で無事に辞めたんだけど
むしろ辞めてから急にピアノを練習したくなって
誰にも約束していない気軽さでソナチネを練習し始めたり
ピアノスコアを買ってショパンやドビュッシーやラヴェルやサティを練習してみたり
(印象派に偏りがちなのは、姉の好みをそのまま受け継いでるだけです
 自分と違って、姉は何でも能動的に動いて情報を持ってきてくれて、
 ぽわーんとわたしは、5歳上の文化を吸収してゆくだけでした)
とある男性シンガーソングライターのピアノスコアを買って練習したり
毎日、1時間程度だけど日課として弾いてました。

練習や努力っていう気持ちはそこにはなくって
ピアノを弾きながら、別のことをぼんやり考えていたり風景を思ったり。
ま 今と変わらない。。
楽器を弾きながら、何かこころはどこかを想っているという感じは
そのときからずっと同じような気がします。
瞑想というほど立派なものではないけど、、、
普段の生活では、意外と意識がはっきりしている方なので
ぼんやりとした気持ちになるのは良い時間です。

実家を出てからはピアノが手元になくなったので弾かなくなっちゃって
バンドでは楽譜を読むことも無かったから
(今までスコア読むようなコピーバンドとかやったことないんですよ、、)
今では、楽譜を読むのもままらない感じですが。。。
そしてコードという概念がピアノの練習曲には無かったので
そのままピアノのお稽古が、役にたっているとは、言い難いのですが
ソルフェージュとか、あと長調短調の音階とか
おそらく土壌として染み込んでいる部分があるのかもなあ。

なぜかずっと続けていたピアノのお稽古、バイエル、ツェルニー、練習曲。
小学校の頃に習った唱歌、みんなの歌。
オーソドックスで、タイムレスなメロディが自分のどこかにはずっとあります。
目新しくなくても、驚きに満ちていなくても
しみじみと噛み締めるに耐えうるような、良いものをいつか作れるようになりたいものです。

そういえば
能動的に自分が始めたことはとても少ない と書きましたが
曲をつくること、これは割と例外で
誰に影響されたというものでもないように思います。
周りの誰かがやっている訳でもなく、作り始めた感じがあります。
なぜ作り始めたのか?それはよく分からないのですが
気づいたら、物ごころつくころから、ずっとぐるぐるとフレーズが回っていてそれをアウトプットしている
というのが大きいです。
ブログとかの文章も、そうだなあ。。。
なんにせよ、何か目的がというよりは、出力しないと気がすまない。
ダラダラ書くのが性に合ってるんでしょうね。
f0154000_169229.jpg

by wankorosan | 2014-03-15 15:34 | ヒトリゴト

エアーメイル

エールの片割れのひとが、アイルランドの作曲家と一緒にユニットを組んだそうです。
エール、好きだったんよなぁ。
なぜか途中で追いかけなくなってしまったんやけど・・・



映像も良いしグッときました。
エール風味も出てるし、うつくしいなぁ、、、(*´ェ`*)
別に分析して聴いてるとかじゃないんだけど
メロディがドラマティックにポロっとメジャーになるところがエール風味かなとおもいます。
わたしも好きな進行です。
あと温度低い感じがめちゃ好みです。

何年かすっかり忘れていたミュージシャンの最新活動を気軽に自宅で視聴できるとは
良い時代ですね。
久々に昔の友人(いや 友人じゃないけど)から便りが届いたみたいな気持ち。
基本、家が好きで引きこもりなのでありがたい。。
by wankorosan | 2014-03-14 23:37 | 音楽とか

名前をつける

自分が弾いているギターのコードネームを、実はあんまり把握しておりません。
いや、薄々はわかっているんだけど・・・
前にも書いたかもしれないけど、自分のギターチューニングは半音下げで
(Bのキーの色合いが好きやから)
そこから2カポとか3カポをしているので、考えるのが面倒
というのが一番の理由です。

しかし、段々と、
これを押さえるとこの和音が弾けるんやな というのは分かってきて。
一応、フラットチューニングでのごく基本的なコードネームは大体分かっているので
弾いていて、スリーコード展開やなこれは 的な感覚ではおります。

最近は、ギターを弾いて曲を作ることも多いんだけれど
コード進行から作るというよりは、和音の響きや色味を好みに動かして
それにうたをのせるというやり方でやっています。

そして、前々からのやり方の鼻歌?というか
楽器を一切弾かないで大体の曲を作るっていうのもやっていて
その場合、コードくっつけるのが結構大変です。

昔から楽器を弾かないで作ることが多かったんだけど
慣れ親しんだ鍵盤楽器だと、割とスルスルっとコードをつけられる。
けど、ギターの場合、ほら半音下げの2カポとかだから・・・
なので
歌いながらギターの音を探り、そこから3度っぽい感じの和音になる押さえ方を考えて
進行させていったりなど。。
名前ではなくって場所で覚えている感じです。

しかし、そうしてくっつけたコードが、
やっぱりスリーコード的な進行だったりするのが悔しい。

なんていうか名前を知ってしまうと
これはもしや未知のものじゃないか と思ったものが
急にありふれたものに思えてきてしまう・・・

という理由もあり、今は敢えてコードネームを追求しておりません。
でも、ここを超えて名前を自在に操れるようになると
本当に自由になれるんだろうな という夢はみております。
ま そのうち、もっと上手くなってから。。。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

名前をつけること
それは、そのものに形を与えること
なんだろうな と思います。
形を与えられて、目にみえるようになったもの
それをどう手にとってゆくのか。

そうそう
わたしのソロに「てくらがり」という名前を
形を与えてくれたのは、ギューンカセットの須原さんなのです。
漠然とした、モヤモヤした形のない宅録に名前をつけてもらったとき
形を手にした気がしてとても嬉しかったです。
形を手にして、ここからどこへゆくのか。
行方は敢えて把握しておりません。
あんまり今は、どうなりたいのかを考えたくはない。

分かってしまうと、おもしろくなくなるような気がして。
by wankorosan | 2014-03-10 23:50 | ヒトリゴト

街の記憶

たとえば、
初めて降りた駅からしばらく歩いたとき
あまりにもありふれた景色に、内心がっかりしながらも
そこを歩く人たちの暮らしに思いを馳せてみたり。
この景色は自分にとっては、割とどうでも良いぐらいに平凡だけど
ここで暮らしてきた人たちの想いが沢山染み付いていて
あの路地にあの思い出が
あの看板にあの記憶が
満ち満ちているんだけれども
全ての景色は、ただそこにあるだけで
意味というのは、思い込みという言葉にそのまま置き換えてしまっても
構いはしないんじゃないかな

街だけでなくて、建物の中でも、誰かの家でも。
そこでずっと過ごしてきた人たちの記憶は、その人だけのもので
ふらっと入った自分には、あの路地とその路地の見分けもつかない。
わたしは、ここにいるのに、いない。
そしてわたしの思いや記憶は、ここではないどこかに
置いている。

街は、巨大な水槽であって
中身は流動的で流れ続けている。
街は、悲しんだり喜んだりもしない。
けれども、わたしたちは
ここはわたしの街と、口にしてしまう。
口にすればそれは嘘になる。


というような曲を今作っております。
f0154000_19115580.jpg


※追記
できあがりました。
出来上がってみると、風景は風景のままである というつもりで作り始めたのに
なんだか逆説的な感じになってしまいました。
ノスタルジー。
次のアルバムに、収録いたします。
by wankorosan | 2014-03-07 19:15 | 日常な感じ

しにたくはない

小学生の頃だったか。

国語の先生(50代ぐらいの、とても化粧の濃い女の先生でした)が、
「お前たち(ってホントに生徒の事を呼んでた)は、死にたくないから
 毎日ちゃんと寝て起きて食事をして、学校へ行って家に帰る生活をしているんだろう?
 風邪をひきたくないのも、怪我をしたくないのも、みんな死にたくないからだ。
 全ての行動は、死にたくない為にやっているんだよ」
ということを言っていたのを聞いて
はっきりわからなかったけれども、
それは絶対にちがう、と 
強烈な異和感をおぼえたことを
なぜだか、すごくよく覚えています。

いまでも、それに反論するちゃんとした言葉がみつからないんだけれども
やっぱり違うような気がする。

大人のみなさん
子供は、何十年経っても、その頃言われた何気ない言葉をおぼえているものですよ。
言葉には、気をつけましょう。。
f0154000_23492387.jpg

by wankorosan | 2014-03-04 23:51 | ヒトリゴト