12月ことし最後のライブです(*´ェ`*)

ことし最後のライブを、12月に難波ベアーズにていたします。
長年の友人であるfuneral beerさんの10周年記念イベントに招いていただきました!
こんな記念に呼んで頂けるとはほんとうに光栄です。

てくらがり は久々のベアーズということで、バンド編成にて出演いたします。
けいくん(エレキギター)すはらさん(ベース)まっつん(ドラム)の4人です。
2回目のバンド編成ですが、
前回のモツさんイベントの時も初めて合わせて、いきなりすごく良い感じだったので
今回はもう何年も寄り添ったような雰囲気が出るんじゃないかと期待しています。

ベアーズ、5年とか6年とかぶりなのかな。大阪に住んでいた頃には月に2・3回行っていたのに・・・
しかしながら、勝手知ったる という気持ちがとても大きくて
あそこでやれば、音もすごくいいようにしてくれるだろうな~ 
なんて楽しみにしています。

GABA GABA HEY!!!!
〜funeral beer 10th anniversary〜

2015.12.19 (sat.)
18:30 open
19:00 start

adv. ¥1,500
door¥2,000

[act]
friendly hearts of japan
traditional speech
てくらがり
mzjune
funeral beer

[food & drink]
tabii
BEARS

[decoration]
turtle's view



いつも乱暴に新曲の音源と歌詞のみを、けいくんに送りつけているのですが
(それでいつもホント素敵に仕上げてくれるから、甘えっぱなし^^;)
今回は自分の曲のコードをとって歌詞に添付しました。

最初は敢えて自分の曲のコードをとったりはしない、とか思っていたんだけど
もはやギターのカポと押さえる場所の組み合わせで、大体出る響きがわかってきてしまったので
これにコードネームをつける必要を感じなくなってきてしまい・・・
名前をつけたら、何となくアルファベットの並びの雰囲気が昔みたのと似てる気がします。
何だかあっけない。

ジェニーで曲を作ってたときは、一応コードネームをつけて曲を伝えていたので
その頃に作っていた曲と、出てくるコードとか進行がやっぱり似ているのかな。
まぁ 自分が好きな響きと進行でしか作らないから当たり前か。。
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# by wankorosan | 2015-12-19 13:02 | 音楽とか

クリスマスまでに

新曲2曲をサウンドウラウドへアップロードしました(*´ェ`*)
クリスマスっぽい感じにしたので、間に合ってよかったです。
冬の、しんと張り詰めた空気と晴れやかな雰囲気と厳かな空気が入り混じって
クリスマスソングは昔から大好きです。

録音の部屋は冬場は日当たりがすごく良くて、家の中でも一番暖かいのです。
海が見えるので、夜になると何も見えなくなると思っていたけれど
暗くなったら船が行き来するのが見えます。
暮れてゆく景色と船や対岸の灯りを見ながら録音していると
心なしか音像もおおらかで柔らかい感じになってきたような気がします。

白舟
彼の名前は愛という

白舟 の写真は、おそらく皆さんすぐお分かりかも・・・こないだ初めて行ったルミナリエです。
そして、彼の名前は・・の写真は、阿佐ヶ谷のすずらん通りのすずらんの街灯です。
# by wankorosan | 2015-12-15 19:39 | 音楽とか

帰らない過ぎ去る日々たち

11月の頭から約半月、実家へ帰っておりました。
父親が肝臓ガンの手術をするということで、応援?というか、様子をみるためでした。
幸い、他所への転移は無いということでしたが
予想外の大手術となってしまい、、、
無事に手術は成功しましたが
数日で戻ってくるつもりが、回復を待っていたら半月も経ってしまいました。

もともと、わたしもそうですが、わたしの家族は割りと身体が丈夫なほうらしく
今まで大きい病気というのをしたことが無かったので
母親がやはり気落ちをしてしまっていて、どちらかというとそっちの方が心配だったり。。
昔は母方の祖父母とも同居していたので、家族6人の誰かが常に家にいたのですが
今はわたしと同じく夫婦2人だけで暮らしているという環境もあり
もし自分が同じ立場だったら・・・と思わずにはいられないです。

思えば実家を離れてから20年、いちばん疎かにしていたのは自分の親だったなあと。
実家が遠いということもあり、年に2度ペースぐらい、、、
しかも3日ぐらいずつしか帰省していなかったので、半月も実家へ居たのは離れてから初めてでした。
東京に住んでいたときにもバスで2時間ちょっとの距離になったのに
今までの習慣があって、年に3度ぐらいしか帰ってなかったw

実家に居た半月、1日に1回病院へ面会へ行くぐらいしかすることは無かったので
あとは母親と一緒に病院の帰りに散歩をしたりスーパーで買い物をしたり、
家で一緒にテレビをみたり、本を読んだり、、、
本当にダラダラと毎日を過ごしたのですが、
これがなかなか居心地が良かったりしてw
昔は家のまわりに何も無かったのに、すっかり開発されていて沢山家が建ち並び
ショッピングモールみたいのが徒歩圏内に色々あるので、不思議な感じでした。
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実家住まいの方には当たり前な感覚なのかもしれませんが、、
母親と一緒に買い物なんて、ホントに何十年ぶりなような気がします。
中高生ぐらいになったらもう部活で忙しくなってしまったり、
なんだかんだと一人で出かけてしまったりしていたので
もしかすると小学生ぐらいに戻ったような気分でした。
家のことも何でもやってもらって、出かけたら食事代を出してもらって、お手伝いだけやって。
なんていう感覚も何だか久しぶり。
(いやもっとやれよという話もありますがw すっかり親に甘えてしまった)

小学生のころ毎週日曜日にスイミングスクールに通っていたのですが、
いつも行きは一人でバスで通い、帰りは母親と待ち合わせをして買い物をして帰ってました。
西友の地下で一緒に試食をしたり、
いせや(ベイシアという群馬のローカルスーパーの旧名です)でクレープを食べたり
バス停の向かい側には九官鳥が居て、いつもお喋りをしていたり
正直、スイミングスクールは嫌々通っていたのですが、帰りの寄り道が楽しみで続けていました。

思いがけず、もう一度母親との時間がじっくりゆっくり持てて
あとどれぐらいこうやって過ごせるんだろう?と考えると、大事にしないといけないなあ。
とてもとても貴重な時間を過ごしたような気がします。

これは20年ずっと心のどこかで気になっていたことを
果たすための機会だったのかもしれないなあ と
帰りのバスの中でぼんやりと考えていました。
ひとつの絵が描かれてゆく、ピースのひとつなのかもしれないですね。
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# by wankorosan | 2015-11-24 18:09 | ヒトリゴト

夏を待つ

久々に録音をいたしました!
夏を待つ
気づいたら前の録音から10ヶ月も経過していた・・
引越しして最初の録音だったので、機材のチェックがてら色んな楽器を入れました。
みんな無事に生きていて良かった。。。

夏っぽい雰囲気のアレンジにしたのですが、もうすでに秋も深まってしまいました。
でもタイトルの通り、「夏を待つ」曲なので、、、
夏でない時期に想う夏は、実際の夏よりもキラキラしているので
そういう感じでしょうか。

お部屋を片付けたら即録音と思っていたのですが
思っていたよりも、日々は速いものです。。
もっと力を抜いたものも作りたいのですが、まぁ焦っても仕方ない。
別に他の誰かと競争をしているわけではないんだ、と気づいてから
やけにのんびり構えてしまってます。良くも悪くも・・・ですねw
そのうち一気に録音モードになるかもしれません。
あと、こないだ行った鳥取のこともそのうち綴りたい。

ちなみに添えてある写真は須磨水族館へいったときに撮ったペンギンです(*´ェ`*)
ペンギンしゅーーーん!
# by wankorosan | 2015-10-25 13:13 | 音楽とか

その星あかりを道しるべに

昨日は京都で行われたVashti Bunyanの来日公演へ行ってきました。
実は、「完成形のアルバムを聴ければライブはまぁいいかな・・」と思ってしまうほうなので
あまり来日公演などをマメにチェックしたりしないし、知っていても行かなかったり
という事ばかりなのですが、
去年のアルバムも最後と言っていたし、もしかするとこれは最後かもしれない・・・と思って
今回は情報を知ってすぐに必ず行こう、と心に決めていました。

前回の来日は大阪で、そのときにも観に行ったのですが
クラブみたいな会場で立ち見で人が沢山いてあまり姿が見えず、
しかもあんな静かな音楽なのに会場のスタッフが演奏中に音をたてていて気になってしまった という
あまり良い印象が無かった覚えがあります。
(わたしが来日ライブが好きでないのはスタッフや招待プレスの態度とかも一因なのかもしれないです・・
 もちろんそうではないイベンターも沢山いらっしゃいますが、、)
そのリベンジ、という気持ちもどこかにあったのかもしれないです。

今回は東京と京都の2公演のみで、東京は教会らしいのですが
京都は企業の研修や会議に使用されるらしい
こじんまりとした市民ホールで行われていました。
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高校生のときに、ブラスバンドの定期演奏会を行ったホールよりもちょっと小さいぐらい。
飲食禁止の指定席で、ホールに皆がきちんと着席していてしんと静まり返った中で
ささやかな2人だけのセットでささやく様に放たれた歌声は
それはそれは素敵でした。
小さな星座のように光っていた照明もすごく良かった。

さきほど知ったのですが、彼女は来年なんと70歳になるらしいですね・・・
それであの歌声とは、驚き。。
ささやくようで、決して自分を必要以上に大きく見せようとはしないけれど
その声は自分の作る曲についての確かな自信に満ちていて
自分の見えている世界、ていねいに作り上げた世界を大事に伝えようとしている姿勢が
わたしにはとてもとても気高く美しく見えました。

これから年を重ねて自分がどうやって音楽と関わってゆけばいいのか
その道しるべを指し示してくれたような気がした時間でした。
観にいって良かった。

最後の来日かもしれない、という思いにかられて
そしてヴァシュティの存在とあのアルバムのイラストが好きすぎて
いつもはスルーしている物販をこの日のお土産に買いました。
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手芸の綿入れという役割をあたえてみました(*´ェ`*)

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全くこの流れとは関係ないのですが
さっき洗濯物を干していたら、目の前の駐車場からすごい剣幕の怒鳴り声が。。
いつも喧嘩しているお隣りの若夫婦かしら、とみたら何と80過ぎぐらいの老夫婦のおじいさんでした
おばあさんはもう一人ではさっさと歩けないぐらいで
いつも寄り添って静かに散歩をしていたり一緒に車で出かけているのを見かけて
ああ年を重ねても仲良くていいなあなんて微笑ましく見ていたのですが
一見すると他人にはわからない問題 というのが誰にでもあるんだなあ と
人生の一幕を垣間見ました。
# by wankorosan | 2015-09-23 14:03 | 音楽とか

23年の時をこえて

旅行用に愛用していたバッグのファスナーが片方壊れてしまい、
騙しだましずっと使用してましたが、引越しの移動でついに両方壊れてしまいました。
引越ししてからもう3ヶ月、いちばんの遠出は京都で、関西を出ることもなく
旅行かばんの事は気にしつつも先送りにしていたのですが
来月、鳥取へ行くことになり、冬には九州旅行の予定も。。
とうとうかばん問題と向き合う時が来ました。

ファスナーを直せばまだ使えるのですが、いろいろ検索していたら結構修理料金が高くて
中古でも良いものがあれば思い切って買い換えてしまおうか・・・

何気なくインターネットオークションを眺めていたら、修理料金と同じくらいで
なかなか立派なものが買えてしまう。
ああいうオークション市場は、ブランド価値があるもの以外は二束三文なものが多くて
個人の思い入れや主観的な価値なんて万人の価値にはならないんやなあと
いつも思いながら見ています。

で、落札したボストンバッグが
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右のものなのですが
もともと持っていた左のものと同じメーカーの形ちがいでした。
ネットで写真をみたときに、ちょっと柄や雰囲気が似ているなあとは思ったのですが
元々ノーブランドで製造メーカーはオークションページに明記されてなかったので
よくある感じの柄だしあまり気にしていませんでした。

届いて、カバンの中のタグをみたら・・・
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やっぱり同じメーカーでした(*´ェ`*)
巡りあわせとはこういうものなのか。

左のバッグは、自分が高校生の頃に修学旅行用に購入したもの。
とても頑丈なのでまだまだ使えるのですが、ちょっとバッグ自体が重くて・・・
形も四角くて納めやすいので、現在はお部屋の収納用品として活用しています。

しかし、高校生が買うにはちょっと渋い感じの型のカバンやなあ と
今じぶんで振り返ってちょっと面白く思います。
当時、周りの子たちはやっぱりもっとカジュアルなボストンバッグを持っていて
こんなクラシックなカバンを持っていた自分はちょっと浮いていたのですが
それでもそんな自分がまんざらでもなかったw

小中高とオリーブ一筋だったので、やっぱりリセエンヌ(!)に憧れていたし
ヨーロッパに憧れていたし、旅に憧れていたし
ああいうクラシックな形のスーツケースにとにかく憧れていたのですね。

昔はどんな子だったのか?と友達に訊かれて
「うーん、今とあまり変わらない・・・かな」と、もぞもぞと答えることが多いのですが
約25年も経って結局同じテイストのかばんを選んだり
やっぱりあまり変わっていないような気がします。
やってることも大して変わらないような。。

先日、雪舟えまさんの「プラトニック・プラネッツ」を読んで
その世界観にとてもわくわくしてしまって
読後もしばらく登場人物のことを考えてしまったりして
何だかこういう感覚、すごく久しぶりだなあ・・・と思い返していたら
実家にいた間、親が少女マンガ好きだったので
暇があれば少女マンガを読んでいて
そのときの感じにすごく似ているなこれは、と気づきました。

そして
高校生ぐらいの頃の自分は、休日に友達と出かけまわったりした覚えもあまりないし
学校のお友達は、学校でしか会わなくって、プライベート?では一人で行動していたし
部活はやっていたけど(ブラスバンド)部活が無い時には何をしていたんだろうか

ここ何年もずっと思い出せなかったのですが
すっぽりと抜けていた記憶をふと思い出しました。

家にいて、ラジオを聴いたりマンガを読んだり雑誌を読んだり映画をみたり、ひたすら音楽を聴いていた
・・・

今と何が違うのかw
ネットがあれば、間違いなくネットばかり見ていたしブログを書いていたと思います。
当時の自分には1枚のCDがものすごく高価なものだったので
ヘアカット100とかバッドフィンガーとか、ストーンローゼスとか
脈絡もなくラジオで聞きかじって自分がこれと思ったものを買って
ひたすら何度も聴いていた覚えがあります。
もっとオーソドックスなロックも聴いててクリームとかレッドツェッペリンとかも聴いてたなあ。。
曲もつくろうと思ったけど、作り方がわからなくて出来なかった。
なので、スケッチブックにイラストと詩を両方書いたものを作ってた気がします。
(銀色夏生さんの影響ですか)
通ってた高校には軽音楽部がなかったので、大学生になったら絶対にバンドをやろうと思ってた。

何がどうなって高校生の自分がこうなったのかは、よくわかりませんが
まぁ・・・根本的な人格形成ってこの時期にはもう出来上がってしまうんでしょうね。
人によっては、大学生や社会人のタイミングで全く変わってしまうのでしょうが
自分の場合は、気持ち悪いぐらい変わっていない。
職場で、昔ギャルだったという子が今は清楚な雰囲気になっていて
ギャル時代を「黒歴史」と呼んでいましたが
そういった意味での「黒歴史」は自分には無いと思います、たぶん。。

将来何になりたい?という質問が
昔からすごく嫌いで
学校の先生の前で「学校の先生にはなりたくないです」と言う程度には嫌いでw
それはたぶん・・・なりたい職業がなくって、働きたくなかったのでしょうねw
会社に執着が無い、仕事はただお金を貰う為のツールである、
という気持ちしか無い現在のこころもちと何も変わっていない。

根っこは変わらないなあ ということを
自分に甘いわたしは微笑ましく思うのですが
しかし
大人になって、もやもやしていたものを形にする方法が少しずつ分かったり
お金を貰う為のスキルが人並みについたり
そして、自分が良いと思う音楽を作るひとが身近に沢山いたりして
当時よりも大分幸せな状態になっていると思います。
そこは大丈夫、と高校生の自分へ伝えてあげたいw

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話は全く変わりますが
昨日、須磨海岸でスティールパンフェスティバルというものが行われてましていました。
スクールの生徒さんの発表会、みたいな感じだったのですが
そこでビーチボーイズのココモを演奏していて
秋の初めの海辺の陽射しと、スティールパンの音色のきらきらがシンクロして
そこにあの天国のようなメロディが乗って・・・・
のんびりとした休日のお昼に生ビールをくいっと飲みながら聴いていたら
何だかぐっと、たまらない気持ちになりました。
やばかった。

前にも何度か書いているのですが
わたしは色々考えながら聴いてしまうクセがあって
滅多にライブをみて感動、というか、気持ちが高ぶるようなことが無いのですが
まさかこんなところで、しかもスクールの生徒さんの発表会で高揚が訪れるとは。。
不意打ち。

さいきん、日々の暮らしの中できらきらした瞬間がたくさんありすぎて
ありがとう と言うしかありません。
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# by wankorosan | 2015-09-21 13:11 | 日常な感じ

右を曲がって左を曲がって左を曲がって左を曲がった

「すべてのメロディはもう出尽くされている」
という言葉は、自分が曲を作り始めた20年前には既に言われていたことで
そういった物言いも、もう出尽くされている感があります。
わたし自身もそれはよく分かっていて
むしろその事実を前提として曲を作り始めた部分があります。

そういった意味では、オリジナリティ というものを
わたしはさほど気にしていないように思います。

とはいえ、全く初めての人の演奏を観たときに
「ああこの人はアレが好きなんだろうな」とか
「こうやってこの曲を作ったんだろうな」とか
ついつい思いながら聴いてしまうのは性格なので仕方なくて
それが透けてみえてしまったら、そこまでと思ってしまうのも仕方のないことだと思います。
残念ながら、自分の想像を超えてゆかない音楽にはときめかない・・・

「この曲はあの曲をぱくりました」と、公言する方が時々いらっしゃいますが
その意図が自分にはいまいちよく分かりません。
自分の創作力不足を敢えて口に出して、何か得することがあるんだろうか。。
音楽知識(というほどでもないけれど)を披露したいということなのか、
それとも原曲を超えた自信があるということなんだろうか。

創作、というものを何かすごく偉業のようには思わないし
ミュージシャンを必要以上に神格化する人はちょっと違うなあと思うのですが
ぱくらないと創作できない人が無理につくる必要はないんじゃないかと
わたしはその度に思ってしまいます。

音楽情報については疎いし、安易なキーワードばかりで嫌な気持ちになるので
あまり音楽レビューとか店頭のポップは読まないのですが
「新しい音楽」というフレーズがついたものが本当に新しいのかどうか
本当に新しい音楽なんて、誰の耳にも気持ちよい訳がないと思います。
心地よいと感じる調和なんて数限りある、とおもう。

そういった意味で、やっぱりオリジナリティというものは別に大事ではないし
その人のフィルタを通して出てきたものが結果としてオリジナリティなんだと思います。
その人の持つリズム、言葉のえらびかた、メロディ、アレンジの手癖。
それがその人なりの筋が通っていて、自分の想像をひらりと超えたときに
琴線に触れて、ああ良いなあと感じるんだろうな。
まあでも、安直な展開も気持ちよくて好きなんですが。

というこんな文章だって、もう出し尽くされている大して目新しくもない論調なんでしょうね。
それで良いと思います。
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すっかりシーズンオフの誰もいない須磨海岸。
海岸へ出るとあまり綺麗でない海だけど、離れて見下ろすとなかなか美しいんです。
# by wankorosan | 2015-09-09 13:45 | ヒトリゴト